製造設備を洗浄したあと、「洗剤が残っていないことを数値で確認したい」「最終すすぎ水を分析すれば十分なのか」と相談されることがあります。
結論からいうと、分析方法を決める前に、何を残留物と定義し、どの場所で、どの濃度以下なら合格とするかを決める必要があります。
最終リンス水だけを測定しても、設備表面へ付着した残留物を十分に回収できていなければ、「不検出」を洗浄完了の証明にはできません。
残留物の性質と設備構造に応じて、リンス水、拭き取り試料、最終製品などを選び、採取方法と分析方法を一体で設計することが重要です。
一回の分析と洗浄バリデーションは異なります
一回のリンス水や拭き取り試料を調べることは、その試料を採取した時点の洗浄状態を確認する「洗浄確認」または「洗浄検証」です。
これに対して洗浄バリデーションは、決められた洗浄手順によって、設備を許容できる状態まで繰り返し洗浄できることを、あらかじめ定めた計画と判定基準に基づいて実証し、文書化する取り組みです。
そのため、一度の不検出結果だけで「洗浄工程をバリデーションした」と表現することはできません。対象設備、洗浄条件、採取場所、繰り返し数、ワーストケース、分析法などを計画する必要があります。
本記事で紹介するFDAやPIC/Sの資料は、主として医薬品製造に関するものです。すべての製造業へ同じ法的義務を課すものではありませんが、採取方法、回収率、定量下限を考えるうえで参考になる原則を示しています。
分析前に整理する7つの情報
分析機関へ試料を送る前に、次の情報を整理します。
- 残留が気になる物質:洗剤、消毒剤、前製品、油、界面活性剤など
- 製品名と組成:洗浄剤の商品名、SDS、成分情報、使用濃度
- 設備の材質:ステンレス、樹脂、ガラス、ゴムなど
- 洗浄方法:温度、時間、洗剤量、すすぎ回数、リンス水量
- 設備構造:タンク、配管、バルブ、継ぎ目、死角など
- 分析結果の用途:工程改善、顧客説明、出荷判定、バリデーションなど
- 合格基準:何を根拠に、どの濃度以下なら合格とするか
洗浄剤の商品名だけでは、適切な分析方法を決められないことがあります。複数の界面活性剤、無機塩、キレート剤、溶剤などが配合されている場合、どの成分を残留指標とするかを選ぶ必要があります。
リンス水・拭き取り・製品分析の違い
| 試料 | 向いている目的 | 主な限界 |
|---|---|---|
| 最終リンス水 | 配管、タンク内部など広い面積や届きにくい場所の確認 | 水に溶けにくい残留物や、表面に強く付着した物質を回収できない場合がある |
| 拭き取り試料 | 継ぎ目、排出口、角部など特定箇所の表面残留量の確認 | 採取者、拭き方、材質によって回収率が変わる |
| 最終製品 | 実際の製品への持ち越しを確認 | 残留物が製品内で均一に分布するとは限らず、設備上の残留場所も分からない |
| 試験片・クーポン | 材質別の洗浄性、回収率、洗浄条件の比較 | 実設備の形状や流れを完全には再現できない |
米国食品医薬品局(FDA)の洗浄バリデーションQ&Aでは、リンス試料は広い面積や接近しにくい場所を調べられる一方、リンス液が残留物を溶解・回収できない可能性があるため、可能であれば直接的な表面採取も組み合わせる考え方が示されています。
リンス水分析で記録する条件
リンス水の濃度だけが分かっても、使用した水量が不明では、設備全体から回収された量を評価できません。少なくとも次の条件を記録します。
- リンスに使用した水または溶媒の種類
- 総リンス量と採取量
- リンス時間、温度、流量
- 採取した位置とタイミング
- 使用前のリンス水を測ったブランク
- 設備の接液面積
たとえば、同じ10µg/Lという結果でも、1Lでリンスした場合と100Lでリンスした場合では、回収された総量が異なります。濃度だけでなく、リンス量と対象面積を含めて評価します。
また、リンス液が対象成分を十分に溶かせるかを確認します。油性残留物を水だけで採取して不検出になっても、設備表面に残っていないとは判断できません。
拭き取り試験は採取面積と回収率が重要です
拭き取り試験では、一定面積をスワブやワイプで拭き、抽出液中の残留成分を分析します。
採取場所には、目視しやすい平面だけでなく、残留しやすいと予想される場所を含めます。
- 排出口やバルブ周辺
- パッキン、継ぎ目、角部
- 液が滞留しやすい低い場所
- 洗浄液が届きにくい場所
- 乾燥しにくい場所
同じ量の残留物が表面にあっても、設備材質、拭き取り溶媒、スワブ材、拭き方によって分析試料へ回収できる割合が変わります。この割合が回収率です。
回収率は、実際の設備と同じ材質の試験片へ既知量の対象成分を付着させ、規定の方法で拭き取って確認します。回収率を把握せず、分析装置の定量下限だけを示しても、設備表面における測定性能は評価できません。
TOC分析で分かること・分からないこと
TOCは、全有機炭素の略称です。リンス水や拭き取り抽出液に含まれる有機物を、炭素量としてまとめて測定します。
TOC分析は、残留する可能性がある有機物を広くスクリーニングする方法として利用できます。一方、検出された炭素が洗剤、前製品、採取用スワブ、リンス水のどれに由来するかを、TOCだけで区別することはできません。
また、無機塩など炭素を含まない洗浄剤成分は、原則としてTOCの対象になりません。
| 分析方法 | 主に分かること | 注意点 |
|---|---|---|
| TOC | 有機物の総量を炭素量として把握 | 物質を特定できず、無機成分は評価できない |
| 電気伝導率・pH | イオン性成分や酸・アルカリの変化を間接的に確認 | 選択性が低く、水質の影響を受ける |
| イオンクロマトグラフィー | 特定の陰イオン・陽イオンを定量 | 測定対象イオンを事前に指定する |
| HPLC・LC/MS・GC/MS | 洗剤成分や前製品成分を選択的に定量 | 標準物質と分析法の検討が必要 |
| 界面活性剤の個別分析 | 陰イオン性・陽イオン性など対象成分を測定 | 配合成分に合った方法を選ぶ必要がある |
「洗剤が残っているか」を直接判断したい場合は、TOCだけでなく、洗浄剤に特徴的な成分を指定した分析を検討します。
定量下限は合格基準より低く設定する
合格基準が1µg/100cm²であるのに、採取から分析までを含めた定量下限が5µg/100cm²であれば、基準を満たしているか判定できません。
必要な定量下限は、次の要素を含めて確認します。
- 分析装置の定量下限
- 拭き取り面積
- 抽出液量またはリンス量
- 試料の希釈倍率
- 採取・抽出時の回収率
- ブランクから検出される対象成分や有機炭素
医薬品分野のICH Q2(R2)分析法バリデーションガイドラインでは、分析法の目的に応じて、選択性、正確さ、精度、検出限界、定量限界などを評価します。
ただし、分析装置で正確に測れることと、設備表面から残留物を正確に採取できることは別です。分析法と採取法の両方を確認する必要があります。
合格基準は分析機関が決めるものではありません
残留洗剤について、あらゆる業種・製品へ共通して適用できる一つの基準値はありません。
FDAも医薬品の洗浄剤残留について、一律の許容値を示すのではなく、企業が許容基準とその根拠を設定する責任を負うと説明しています。
合格基準は、次の情報から製造者が品質・安全・規制担当者と検討します。
- 残留物の毒性や刺激性
- 次製品へ持ち越される可能性
- 製品の使用量や用途
- 製品品質、性能、安定性への影響
- 顧客仕様、社内規格、適用法令・GMP要求
- 実際に達成・検証できる洗浄能力
分析機関は、設定された基準を判定できる分析方法と定量下限を提案できますが、製品の合否基準を根拠なく代わりに決めることはできません。
洗浄後の残留分析でよくある失敗
- 「洗剤を全部測りたい」と依頼し、対象成分を決めていない
- リンス水量や設備面積を記録していない
- 使用前のリンス水や未使用スワブのブランクを測らない
- 水に溶けにくい残留物を水リンスだけで評価する
- 拭き取り面積や拭き方が担当者ごとに異なる
- 回収率を確認せず、不検出を「残留なし」と判断する
- TOCで検出された有機物をすべて洗剤由来と考える
- 合格基準を決める前に分析機関へ試料を送る
- 一回の結果だけで洗浄工程全体をバリデーション済みとする
CTM研究コンサルへ相談する価値
CTM研究コンサルでは、農学博士・分析化学研究者の石坂閣啓が、最初に「分析結果を使って何を判断したいか」を整理します。
残留洗剤の確認であれば、洗浄剤のSDS、設備材質、洗浄方法、合格基準を確認し、リンス水、拭き取り、製品のどれを試料にするかを設計します。
そのうえで、TOC、イオンクロマトグラフィー、HPLC、LC/MSなどから、目的に合う分析方法と定量下限を検討し、対応可能な高度分析機関へ橋渡しします。
分析後は、不検出の意味、回収率の影響、合格基準との比較、追加すべき採取場所などを平易に解説します。規制対象の製造工程では、必要に応じて社内の品質保証・薬事担当者や専門家による確認も前提とします。
よくある質問
最終リンス水が不検出なら、設備表面にも残っていませんか?
そうとは限りません。リンス液に溶けなかった成分や、流れにくい場所へ残った成分は回収できない可能性があります。対象物質と設備構造によっては、拭き取り試験を組み合わせます。
洗剤の商品名しか分かりません。相談できますか?
相談できます。可能であればSDS、製品仕様書、メーカーが提供する成分・残留確認方法の資料をご用意ください。成分が非開示の場合は、TOCなどの非特異的な方法や、公開情報から選定できる指標を検討します。
電気伝導率やpHだけで洗浄完了を確認できますか?
工程内の簡易な管理指標として使える場合はありますが、対象洗剤に対する感度と選択性を確認する必要があります。中性で非イオン性の成分などは、電気伝導率やpHでは十分に検出できない可能性があります。
分析機関へ設備そのものを送る必要がありますか?
通常は、現場で採取したリンス水や拭き取り試料を送付します。ただし、採取用具、容器、保存条件、輸送方法が結果へ影響するため、自己判断で採取する前に手順を決めてください。
試料を採る前に、合格基準と採取方法を整理しませんか
残留洗剤分析は、試料を分析機関へ送ることから始めるのではありません。
残留が気になる成分、設備のどこを評価するか、どの濃度以下なら合格とするかを整理することで、判断に使える分析になります。
その他・カスタム分析相談では、分析項目が決まっていない段階から、試料、採取条件、分析法、定量下限を検討します。
対応分野の全体像は、分析サービス一覧をご覧ください。
お問い合わせフォームから、洗浄剤の商品名、設備材質、洗浄方法、分析結果の用途をお知らせください。リンス水や拭き取り試料を採取する前に、まず目的と試料を整理します。
参考資料
- U.S. Food and Drug Administration “Questions and Answers on Current Good Manufacturing Practice Requirements: Equipment”
- U.S. Food and Drug Administration “Validation of Cleaning Processes”
- Pharmaceutical Inspection Co-operation Scheme(PIC/S)“Publications”
- 独立行政法人医薬品医療機器総合機構「ICH Q2 分析法バリデーション」
- CTM研究コンサル「その他・カスタム分析相談」
- CTM研究コンサル「分析サービス」
本記事は2026年10月6日時点の公開情報に基づいています。適用される法令・GMP要求、許容基準、分析方法、必要な定量下限は、製品、業種、設備、残留物、結果の使用目的を確認したうえで個別に決定します。