「試作品AとBでは、どちらのにおいが少ないのか」「原材料を変更してVOCが減ったことを数値で示したい」――このような場合、製品を分析装置に入れるだけでは、意思決定に使える結果にならないことがあります。
結論からいえば、製品のにおいやVOCを比較するときに最も重要なのは、分析項目よりも先に「何を同じ条件にして、どの数値で合否を判断するか」を決めることです。
製品そのものに含まれる成分を調べる方法と、製品から空気中へ放散した成分を測る方法では、分かることが異なります。目的に合わない方法を選ぶと、高度な分析を行っても開発判断には使えません。
製品のにおい分析は「何を決めたいか」から設計する
最初に、分析結果を使って決めたいことを一文にします。たとえば、次のような目的です。
- 試作品AとBのうち、VOC放散量が少ない仕様を採用したい
- 原材料変更前後で、特定成分が低減したか確認したい
- 開封時のにおいに関係する成分を探索したい
- 取引先へ提出するため、規格に基づく放散試験を行いたい
- 実際の使用空間で、製品由来の成分が増えるか確認したい
「製品から出る化学物質を全部調べたい」だけでは、必要な分析法、検出下限、試料数、試験時間を決められません。比較、原因探索、品質証明、使用環境評価では、それぞれ試験設計が異なります。
においとVOC濃度は同じものではない
VOCは、揮発性有機化合物の総称です。においの原因となる物質の多くはVOCに含まれますが、VOCの量が多いほど、必ずにおいが強くなるわけではありません。
人が感じるにおいの強さは、物質ごとの嗅覚閾値、複数成分の組み合わせ、温度などにも左右されます。環境省の資料でも、低濃度成分や複合臭による臭気を、個々の物質濃度だけで評価する難しさが示されています。
したがって、「においが弱くなったことを示したい」のか、「VOC放散量を減らしたい」のかを区別する必要があります。前者では官能評価やにおいに寄与する成分の探索、後者では個別VOCやTVOCの定量が中心になります。
化学分析で成分を検出しても、その成分が感じられたにおいの原因だと直ちに断定はできません。反対に、通常のVOC分析で不検出でも、においが存在しないことや製品が絶対に安全であることを意味しません。
製品の直接分析とVOC放散試験の違い
| 方法 | 主に分かること | 向いている目的 | 主な注意点 |
|---|---|---|---|
| 製品・材料の直接分析 | 材料に含まれる成分 | 配合確認、異物・原因候補の探索 | 含有量と空気への放散量は一致しない |
| ヘッドスペース・バッグ法 | 密閉条件で気相へ移行した成分 | 試作品の相対比較、初期スクリーニング | 袋の材質、温度、時間、試料量で結果が変わる |
| チャンバー法 | 管理された換気条件での放散速度 | 建材・製品の放散特性、規格試験 | 試験体の寸法、表面積、養生条件の管理が必要 |
| 実使用環境の空気測定 | 室内や車内などで実際に存在する濃度 | 使用時の影響確認、発生源調査 | 換気、他製品、屋外空気などの影響を受ける |
建材や家具などから放散するVOCについては、試験チャンバーを用いるISO 16000-9:2024や、国内のJIS A 1901に基づく方法があります。一般財団法人建材試験センターも、JIS A 1901による小形チャンバー法を建築材料から放散するVOC、ホルムアルデヒドなどの測定方法として案内しています。
ただし、すべての一般製品にJIS A 1901をそのまま適用できるわけではありません。製品の用途、形状、提出先の要求によっては、別の規格や合意した社内試験条件が必要です。
A・B比較でそろえるべき試験条件
試作品の優劣を比較する場合は、分析装置の性能だけでなく、試験前の履歴をそろえることが重要です。少なくとも、次の条件を記録します。
- 製造日とロット:製造からの日数が違うと、揮発しやすい成分の残存量も変わります。
- 保管・梱包条件:密封状態、保管温度、開封から試験開始までの時間を統一します。
- 試料量と放散面積:質量、表面積、切断面の露出方法をそろえます。
- 温度・湿度・試験時間:温度が上がると放散状態が変化する可能性があります。
- 換気条件:チャンバー容積、換気回数、試料負荷率を記録します。
- 対照試料:空の容器を測るブランクと、変更前製品などの基準試料を用意します。
- 繰り返し数:製品内やロット間のばらつきを考慮し、必要に応じて複数試料を測定します。
比較試験では、AとBを同じ日に同じ条件で測る設計が基本です。試作品Aを夏に、Bを冬に測定した結果をそのまま比較すると、製品差と試験条件の差を区別できなくなることがあります。
測定成分と検出下限はどう決めるか
原因成分が分かっている場合
原料情報やSDSなどから候補成分が分かっている場合は、標準物質を用いた個別定量を検討します。変更対象の溶剤や添加剤に関連する成分を定めておけば、変更前後の低減率を比較しやすくなります。
原因成分が分からない場合
まずGC/MSなどによるスクリーニングで、主要な成分候補を探します。室内空気やチャンバー空気中の有機化合物については、吸着管への捕集、加熱脱着、ガスクロマトグラフィー質量分析などを用いるISO 16000-6:2021があります。
スクリーニングにおけるライブラリー検索の結果は「推定同定」であり、標準物質による保持時間や応答の確認を行った確定分析とは区別します。候補が見つかった後に、重要成分だけを個別定量する二段階の設計が現実的です。
検出下限は低ければよいとは限らない
必要なのは、意思決定に使える濃度を判定できる検出下限・定量下限です。目標値より定量下限が高ければ、低減効果を評価できません。一方、必要以上に低い下限を求めると、試験費用や前処理の負担が増えることがあります。
分析結果を読むときの3つの注意点
1.放散速度と室内濃度を混同しない
チャンバー試験で得られる放散速度は、製品から単位面積・単位時間当たりに放散する量として示されます。実際の室内濃度は、製品の使用面積、部屋の容積、換気量、他の発生源などにも左右されます。
2.TVOCだけで原因を決めない
TVOCは複数のVOCをまとめた指標で、試作品の全体的な傾向を見るのに役立ちます。しかし、同じTVOC値でも成分構成は異なる可能性があります。においや特定物質の低減を確認する場合は、クロマトグラムと個別成分も確認します。
3.不検出を「ゼロ」と読まない
不検出とは、その分析法と試料条件において検出下限未満だったという意味です。物質が存在しないことや、あらゆる使用条件で問題が生じないことの証明ではありません。
製品VOC分析でよくある失敗
- 比較対象を用意せず、試作品1点だけを送る
- 開封後の経過時間や保管温度を記録していない
- 「全成分を定量」と依頼し、目的と予算が合わなくなる
- 試料の切り方が異なり、切断面からの放散を比較してしまう
- スクリーニングの推定成分名を確定結果として扱う
- 社内比較用試験の結果を、規格適合の証明として使用する
- TVOCが低いという理由だけで、においも弱いと判断する
特に、取引先への提出や製品表示に使う場合は、先方が要求する規格、試験条件、報告書の形式を発注前に確認する必要があります。
CTM研究コンサルへ相談する価値
分析機関へ試料を送る前には、目的、試料、測定項目、試験条件、定量下限、必要な報告形式をまとめた依頼仕様が必要です。
CTM研究コンサルでは、農学博士・分析化学研究者の石坂閣啓が、製品開発上の悩みを整理し、適切な分析方法と分析機関を選定します。分析後は、数値の意味、結果から言えること・言えないこと、次に確認すべき項目を平易に解説します。
たとえば、最初は低コストのA・Bスクリーニングを行い、差が確認できた成分だけを個別定量する、といった段階的な計画も検討できます。建材について正式な放散試験が必要な場合は、建材・塗料のVOC放散試験もご覧ください。
よくある質問
製品名や測りたい物質が決まっていなくても相談できますか?
はい。「開封時のにおいを減らしたい」「競合品との差を確認したい」など、現在の困りごとから整理できます。製品の用途、形状、原材料情報、比較対象、結果の使用先が分かると、試験案を作りやすくなります。
試作品は何点必要ですか?
必要数は製品の大きさ、試験方法、ばらつきの確認範囲によって異なります。切断できない完成品や大型製品は、試料を送る前に寸法と写真を共有してください。
においの原因物質を一度で特定できますか?
一度の分析で特定できる場合もありますが、必ず特定できるとは限りません。主要成分のスクリーニング、対照品との比較、官能評価、標準物質による確認などを段階的に組み合わせることがあります。
製品に含まれる成分と、放散する成分を同時に調べるべきですか?
原因探索では有効な場合があります。ただし、単純なA・B比較であれば放散試験だけで目的を達成できる可能性もあります。必要性は、分析結果をどの判断に使うかで決めます。
まず「何を決めるための分析か」を整理しませんか
分析方法がまだ決まっていなくても問題ありません。製品の概要、現在の困りごと、比較したい試料、希望納期をお知らせいただければ、最初に目的と試料条件を整理します。
その他・カスタム分析相談では、試験設計から依頼先の選定、結果の読み解きまで対応しています。対応サービスの全体像は分析サービス一覧をご確認ください。
試料を送付する前に、まずはお問い合わせフォームからご相談ください。「製品のにおいを比較したいが、何を測ればよいか分からない」という段階からご相談いただけます。
参考資料
- ISO 16000-9:2024:建築製品・家具からのVOC放散を測定する試験チャンバー法
- ISO 16000-6:2021:室内空気・チャンバー空気中の有機化合物の測定方法
- 一般財団法人建材試験センター「室内汚染物質の測定」
- 環境省「臭気指数規制ガイドライン 参考資料」
- CTM研究コンサル「建材・塗料のVOC放散試験」
本記事は2026年8月21日時点の公開情報に基づいています。製品ごとの規格適合性や分析可能範囲は、試料仕様と利用目的を確認したうえで個別に判断します。